4月 16th, 2009
ノーブル、
同じ頃、同じ様に病気と闘っていたのに
先に旅立ってしまったんだね。
介助犬1号で認定式には、絶対応援に行くと楽しみにしていたのに・・
私の誕生日に手術したと聞いて、不思議な縁を感じていました。
その後 回復していると喜んでいたのに、神さまは連れていかれたのですね。
手術痛かったでしょう。抗がん剤もきつかったでしょう。
よく がんばたね!!!うんと褒めてあげるよ!!!
私は抗がん剤がきつくて めげていたげと、
ノーブルに見られていたら 笑われていたかもしれないね。
いや、ノーブルなら励ましてくれていたのかな!!!
癌は、憎いよね。そして、哀しいよね。
私はノーブルの分まで がんばるから天国で応援していてね。
ノーブル ありがとう、そして お疲れ様でした。 (合掌)
3月 7th, 2009
皆様 大変ご心配をおかけしました。
2月24日 11時間に及ぶ手術でしたが、無事終りました。
我ながら よく耐えたというより 人間耐える力をその人自信持ち合わせているものだと感じました。
本日 外泊許可をもらい帰ってきましたが、早いもので12日も過ぎていました。自分では意識朦朧の日々でしたので 時間がそんなに過ぎている感じでもなく ただ ホントに気がつけば感謝の日々でした。
自分がいかにエゴイストであったか 反省もしました。 一人じゃ何もできないこと。
人って (金八先生ではないですけど) 支えあって生きているのだと思いました。
寝返りがうてない、携帯落ちてもひろえない、そこにあるティッシュがとれない、水が飲めない、ペットボトルのふたが開けれない、自分で顔さえもふけない、痛みどめで痛みが消えるけど副作用があること、1.5m先のトイレに行くのに全力疾走100mしてきた感じなどなど、今まで何気なく過ごして生きてきたことがこんなに大変なことだったなんて・・・・
当たり前なことが当たり前じゃないこと 人にやさしくされることがとてもうれしかったこと
全てに感謝!!!でした。無事乗り越えて今日が来ました。
ありがとうございました。
手術のあとって 体質が変わりいろいろ制限され 今までの自分でなくなるところもあって、新しい自分が生まれた感じがします。
無理しない できることをやろうと思いました。
明後日から 化学療法が始まります。 避けたいけど逃げたら負けになってしまうので、闘うしかないのです。 病院で皆 闘っていて 強いなすごいなと思いました。
強くならなきゃ 生きていけない!!
みんな悩んで辛いこともありますが、心を強くもってまいりましょう。
いいことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもない人生ですから ささやかな喜びと幸せを感じて 今日を生きれたらと思っています。
2月 21st, 2009
皆様 先日は驚きのメールだけ残して 本人入院してしまい大変失礼しました。本日 外泊許可を頂き戻ってきました。
本来三泊四日の検査入院で一度もどるはずでしたが、検査がのび 3月手術のはずでしたが 予定者の中止により私が来週の火曜日に手術となりました。(10日も早まりドキドキしています。 )
この一週間の入院で勉強させて頂きました。
私と同じ病気の方が多く、体験談を伺いものすごい大変で想像以上で逃亡も考えました(笑)
皆、なんて強いのかと・・・前向きで明るいと思っていましたが・・・
でも 人間 皆強くなんてありません。
不安と恐怖の中に耐えること、そしてその中で立ち向かっていること 生きること、信じること、負けると思ったら負けてしまうこと・・・・・
抗がん剤の副作用にも、副作用の恐さとか・・・ 抗がん剤は毒だけど 〔 がんに勝つには毒で制す 〕と語られた時はなるほどなと思いました。与えられた試練を乗り越える強さを知りました。素敵な方達と出会えました。
私も昨日 主治医三人と検査結果の報告を受けました。
一つ一つ丁寧に説明を受け 一番心配な肝臓の影が違うこと がんで間違いのないこと 摘出しなければならないことなどなど・・・できれば間違え出ないか?誤診であってほしい〔失礼〕などかすかな期待もむなしく 間違えの無い現実がそこにありました。
開腹したら・・・余命がわかりますか?なんて質問に驚いていましたが・・・???余命なんてわかりませんと笑われました。
説明が終って こそっと先生に「治りますか?」なんて唐突な質問に
先生はきっぱりと「治します。治らないならこんなに長く説明しません。」とおっしゃられたときには、私はこの先生についていこうと思いました。
でも 実際の現場は 戦場?みたいだなと思いました。
心に銃をもち 立ち上がり 癌を撃つ
大変物騒な表現で申し訳ないですが そんな感じです。
命がけのような闘いであると思います。
?でも ほんとは 逃げ出せないものかと・・・・痛いのキライですから!
本日外泊して戻らないかもと先生に伝えたら 「 説得しますから 大丈夫です!」なんて 逃げ切れないと悟りました。
今日一日サラスタと遊んで リフレッシュします。
病院でも「元気よねーーー」って言われています。ほんとはシャイで人見知りなんですけど・・・・・・
ご心配おかけして申し訳ありません。
みんな、みんな、一生懸命生きているのですね。
2月 13th, 2009
皆様 お変わりありませんか?
すっかりご無沙汰しております。
昨年は、体調を崩し 第2回インディペンデンス・デーにも参加できず 残念でした。
今年の2月(今月)には、二男坊が福祉大学で「補助犬」のことを卒論にしたいというので 二人してボランティアも兼ねてお邪魔する予定で 楽しみにしておりました。
しかし、私が福岡行きのチケットを手にする前に 病院行きのチケットをゲットしてしまいました。しかもオプションの手術つきです。
皆様にご報告するにあたり ためらっておりましたが 桜井さんからも私の思いを伝えて?ほしいとのことで ご報告させていただきます。
ストレートに申し上げますと
私 悪性の腫瘍ができてしまい、癌になってしまったようです。 (驚かせて ごめんなさい。現実なんです。)
癌と聞いて ショックを受けた方がいらしたら ごめんなさい。
私自信 全然元気で 自分でも信じられないのです。
本日 検査入院してから手術の治療方法が決まります。
ですから まだ手術の日は決まっておりません。(残念ながら早期発見とは違うようです。)
思いもよらず 癌と闘うことになりました。
癌だからといって 悲しまないでください。
泣いて過ごすより 笑って過ごしたほうが素敵です。
?私は病気になって そこから何か学び得るものがあるのではないかと思っています。前向きにとらえております。
まだまだいろいろとやりたいことも残っているので 負けてなんかいられません。補助犬育成にもどんどん参加したいと思っております。
何気なく過ごしてしまっていた日々から 大切な時間の日々となりました当たり前のようにきていた明日が、今日一日を生きることが大切に感じるようになりました。
そのことをブログに書いてみました。
よろしかったら読んでください。
病気になったから 悲観することも絶望することもないと思うのです。その中でどうやって生きるか 何ができるか考えてみることがとても大切なことではないでしょうか?
早くよくなって息子とお伺いしたいと思っております。
それまで皆さん お元気でいてください。
笑顔でお会いできることを楽しみにしています。
では、がんばって行ってきます。
手術の成功を祈っていてください。
私は負けないから!!!!!!応援してくださいね。
10月 23rd, 2008
サモエドのサラが生後3週間の時の写真です!
サモエドってなかなかいなくて、ネットでもうすぐ産まれる情報を得て母犬を見にいったら、その日の朝生まれていました。 五頭生まれてメスは一頭でしたので 即予約してしまいました。
二代目 サモエド「サラ」との出会いです。
どうしてもサモエドがほしかたのです。それは短い「ラン」との別れがあったからでした。
初代サモエド 〔ラン〕です。 (享年2歳3ヶ月)
ランとの出会いは、ご近所でサモエドの母犬と子犬2頭〔ランとラブ〕が飼われていていて、私が訓練を頼まれました。 しかし3頭では散歩ができなく飼えないので手放すということになり、私が生後六ヶ月の〔ラン〕ひきとることになりました。その頃ゴールデンのローラ(11歳)も飼っていましたが すぐ仲良くなり、年上のローラが子犬だったランをいろいろ躾けてくれて助かりました。若いランが来てくれたおかげで老犬だったローラも元気を取り戻しました。
ランがうちに来て二度目の春が訪れる頃、私が一週間入院することになり ランともしばしの別れになりました。私が急にいなくなり変だと思っていたでしょうね。ランは一番私になついていましたからね。退院する前日、私の見舞いから帰った長男にいつものようになついてピョンピョンとびついて「今からバイトだよ」というと、いつもと変わらず駐車場に遊びに出て行ったそうです。それから、15分後隣の犬が悲しい遠吠えをしていると思っていたら、弟が帰ってきて「おにいちゃん、ランが動かない。」と知らせてきました。たった今しがたまで元気でいたはずのランが死んでしまったのです。隣のわんちゃんだけがランの最後をみていて知らせてくれたようです。
突然死でした。なごり雪の振る3月のことです。眠っているようなやさいい顔でした。何も私の留守の時に亡くならなくてもよいのにと悲しんでいたら、何も言わないのにローラがランの隣にきてそっと寄り添うように横になりました。ローラは自分の母親の死もみているので別れを悟っているかのようでした。私を慰めてくれているかのようでした。
それからローラは半年後ガンで亡くなりました。ローラは家でお産をさせて私が取り上げて残した犬です。最後も私が看取って旅立って逝きました。いつか必ず訪れる別れですが、本当に悲しいものです。
チワワが 15 匹捨てられていたとニュースがありました。
今朝のワイドショーでは、39万匹の飼えなくなった犬が処分されていると報じられていました。 笑いながら犬を処分しにきた飼い主【命】の重さをどう思っているのでしょうか?突然飼い主から引き離されてとまどう犬達。飼い主が戻ってくることを信じているのでしょう。
くりくりしたまん丸な瞳が忘れられません。ただかわいいだけで手にいれて飼えなくなったら簡単に処分してしまう・・・処分=殺すということがなぜできるのか、自分で手を汚さなければいいのでしょうか?
友達から「TVみてる?悲しいね。ひどいよね。」とメールがきました。彼女は捨てられていた6匹の目の開かない子猫たちを引き取り、前からいるやはり捨て猫と捨て犬と一緒に飼っています。なかなかできないことで、すごいと思っています。救われる命もあれば捨てられる命もあるのです。
人間の身勝手さが許せません。たった一つの命を大切にして欲しいと思います。最後まで責任を持って飼っていただきたい。それができないのであれば、飼わないで欲しい、飼ってはいけないと思います。
犬達が寄り添いながら檻の中にいる所が放送されて胸が痛くなりました。どうしようもないことなのでしょうか?もし自分が犬だったらどうでしょう?こんな飼い主に出会って不運だと思うのでしょうか?私は最後まで飼い主が戻ってくることを犬ネコたちは信じて待っていると思いますが・・・期限は一週間 悲しいですね。
一人一人が命を大切に思って心がけていってくれれば、処分場なんて必要でなくなると思います。命の大切さを考えて欲しいと願います。
9月 16th, 2008

みなさま 初めまして!サモエドのサラ と申します。三歳の女の子です よく秋田犬ですか? と 聞かれますが・・・ロシア犬です。 寒さに強く 暑さには弱いです。 日本の夏はキツイです (><)
相棒のラスタを紹介します!!!

相棒シーズのラスタ 男の子 2才です。「 盲導犬チャンピィ!」を見てるところです?!
サラ と ラスタ を合わせて ♪ サラスタ ♪ と呼ばれています。

サラスタ も介助犬育成を応援していま~す! これからも ブログで参加させてください。 よろしくお願いします!
9月 13th, 2008
昭生さん・恭子さん 大変な訓練のさなかの中 行政との対応まで 本当にお疲れさまです。普及の遅れている介助犬の壁の高さを痛切に感じました。福岡に飛んで行って活動に参加したい衝動に駆られておりますが、埼玉在中の私です。何ができるのか?ずっと考えておりました。
身体障害者補助犬法が施行され、どこでも補助犬同伴可のシールをみる機会が多くなりましたが、肝心の介助犬に出会ったことがございません。法律が定められても介助犬が普及されなければ意味がありません。
私の周りにいる方々も介助犬について皆知らない人ばかりですので、地道に声をかけて理解して頂き 募金箱の設置・募金活動等を行えたらと思っております。小さな輪から大きな輪へ、埼玉でも頑張っていれば、地元福岡の行政の方たちも理解して頂ける時がくるのではないでしょうか?
介助犬育成の道は険しいですが、今の私にできることから協力させて頂きます。将来は福岡の住民になる予定ですので、よろしくお願いします。
9月 10th, 2008
ホームページがリニューアルされましたね。
もうすぐ2周年 一歩一歩 着実に歩んでらっしゃいますね。
より一頭の介助犬をめざして、私も協力・参加させていただきます。